「過労死・過労自殺」「ブラック企業」「職場うつ」など、長時間労働や厳しい労働環境が問題になっています。国や企業は「ワーク・ライフ・バランス」や「働き方改革」などを掲げ、労働条件の見直しや、女性や高齢者などが就労しやすい環境整備を目指していますが、なかなか実現が難しいのが現実です。一方、ドイツでは、ワーク・ライフ・バランスを実現させるために、さまざまな分野で対策が講じられてきました。セミナーはドイツの現状を知るために企画され、ともにドイツ在住で建築家の金田真聡さん、建築・都市地域計画コンサルタントの永井宏治さんが講師を務めました。
金田さんは1981年生まれ。2007年法政大学大学院修了。建設会社設計部に5年間勤務した後、2012年からドイツ・ベルリンに移住。plajer
& franz studioで勤務し、大型の集合住宅や省エネルギー改修の設計を担当しました。2016年に「Environment > Architecture」をコンセプトに日独を結んで活動する設計事務所「EA partners」を設立、日独で設計に携わるかたわら、ドイツの環境配慮建築に関する講演、リサーチなどをしています。
永井さんは1981年生まれ。東北芸術工科大学、ドルトムント工科大学ディプロム課程卒業。2004年からドイツ・ビーレフェルト在住。都市計画局やエコ建築研究機関へ約10年勤務した後に独立。専門家や学生へのセミナー、自治体、企業へのコンサルティングをしている。日本の各種メディアに、ドイツの都市と建築について寄稿しています。
2人は来年1月、持続可能な建築、まちづくりのコンサルティング会社「ASOBU」を設立し、共同代表を務める予定です。
初めに、金田さんが登壇しました。「ドイツでは、8時間が仕事、8時間が家庭、8時間が睡眠・休養です。個人主義が前提で、バックキャスト思考(未来のある時点に目標を設定しておき、そこから振り返って現在すべきことを考える方法)をしていると思います」と前置きして、ドイツで勤務した建築事務所での経験を話しました。「事務所にはカフェがあります。フルーツとジュースが置いてあり、自由に食べたり飲んだりすることができる。仕事のモチベーションの一つとして考えているのです。ある時期、仕事が多く、毎日9時まで残業する日が1カ月続きました。同僚の『このままではノーライフだ』という言葉に驚きました。仕事はライフに入っていない、仕事とライフがしっかり切り分けていると感じました。同僚は結局、事務所をやめました。ライフを仕事よりも優先する。小さい子どもが生まれたばかりだったこの同僚は週4日だけ働く会社に再就職しました。仕事はよりよい生活のための手段であり、その目的から外れるのでは、仕事をする意味がないと考えるわけです」
ワーク・ライフ・バランスを保つ仕組みづくりに努力しているのがドイツの会社の特徴です。「整理整頓に時間と労力をかけています。会社運営の必須事項と言えます。長期休暇で本人がいなくても困らない。徹底した情報整理をしています。最新の書類以外はアーカイブに入れることで、誰もが最新情報を知ることができます。月に1回、社員を集めて、整理整頓を徹底します。次に働いた会社は20人なのに、オフィスハンドブックがありました。玄関のアラームの設定の仕方まで書かれている。徹底したルール化をして、整備に時間をかけます。『人に頼らない仕組みづくり』です。流動性が高く、2年ぐらいで人が入れ替わることが多いので、その人しか分からない情報というのは企業のリスクなのです。『生き字引』を作らない。日本の会社では、何かあったときに、この人に聞けば何でも分かるという生き字引がいますが、ドイツは違います」
金田さんは「仕事の前に、仕事の仕組みを考えろ」と言われたそうです。「建築事務所では最初、インターンだったので、クビにならないようにと、長く働きました。すると、マネジャーに、君がリスクだと言われました。残業が増えると、会社やマネジャーが罰則を受ける、君が遅くまで働くと、私のマネジメント能力が発揮できないと言うのです。そのとき、日本は自己犠牲社会だと気づきました。無制限に時間があると思うと、パフォーマンスが落ちます」
自身が設立した設計事務所「EA
partners」は、どんな会社なのでしょうか。「これまで、建築物が目標で、環境は手段でした。自然環境、労働環境のための建築を考えようというコンセプトです。スタッフ10人が全員在宅です。通勤時間や集まることをなくす。就業時間規定もない。働きたい時間に働きます。時給の人もプロジェクト契約の人もいます。スカイプでミーティングをします。オンライン上のオフィスをつくり、個人の情報をブラックボックスにしないようにしています。働き方改革は経営課題です。日本もドイツも個人の能力差はない。働き方は個人の問題ではなく、会社が働き方改革の仕組みづくりを経営課題として考えるべきだと思います。そこの議論が日本でも深まっていけばいい」とまとめました。
続いて、永井さんが都市計画、まちづくりのドイツでの事例、日独比較を話しました。「日本では平均すると、ドイツの人たちよりも通勤に時間をかけています。これをホビー、ライフの充実に変えていこうということです」
いくつかのキーワードごとに、事例紹介をしました。まず、「静」。緑の中に集合住宅があるドイツの地方都市の風景と、家が密集した日本の都市部の写真を示し、「人口減少をチャンスとしてとらえ、公園や緑を増やすようにしたい。住む場所をうまく集めて、みなで使える場所を空ける。すぐにはできませんが、30年経つと静を実現できます」と提言しました。次は「涼」。「新宿と明治神宮の平均気温は5℃違います。日本の都市は暑い住環境になっている。緑被率10%上がると、0.3℃上がります。スポットではもっと大きい影響が出ています。クールアイランドをつくるのでは、全体が涼しくはならない。ドイツでは、気温が上がらないようにする、上がったときにも快適に暮らせるように考えています」
「広」では、カーフリー住宅地を紹介しました。住宅地の外に車を駐め、住宅地に車が入らないようにします。静かで安全な住宅地になります。ショッピングモールの上に住宅をつくり、車はモールの駐車場に置くという事例もあるそうです。「道」では、日本の道路インフラ更新費が2016年の年間6000億円から、2040年には1兆4000億円に増えるという試算を示し、「インフラの更新費を減らさないと自治体が貧しくなります。ドイツでは地方都市はコンパクトにまとめようとしています。郊外には家を建てられないようにして、まちが広がらないようにしています」と述べました。また、河川の護岸を取り払う再自然化の事例を紹介しました。集中豪雨で川があふれても川の周囲の遊水池に行くので、「そこの場所で解決できる」のです。新築で建てるとき、敷地内で雨水の浸透しない部分にペナルティをかける制度もあります。
「繫」では、自転車道、歩道の整備状況を説明しました。自転車で通勤・通学できるように整備が進んでいます。整備の仕事には失業者を使うそうです。道路を減らす、交通量を減らす政策がとられています。最後に、「楽」。永井さんの住むまちでは、入場無料の動物園 があります。「全て企業、市民の寄付金でまかなわれています。企業にとっては、節税対策になります。温水プールも約500円の利用料です。再生エネルギー企業が運営しています」
この後、質疑応答がありました。永井さんは日本の住宅について、「個人住宅は変えようと思えば変えられる。問題は自治体の公営住宅、公共施設で、劣悪なことが多い。きちんとしたものにして、ランニングコストを下げるようにすることを考えてほしい」と提言しました。金田さんは「再生可能エネルギーでもまちづくりでも、ドイツでは行政の権限が大きい。人の入れ替わりが激しいので仕事への思い入れがあまりないのですが、それでもつくれる」、永井さんは「ドイツ社会は仕組みづくりがうまい。しかし、確認は甘い。1割の人がルールを守らなくても、全体としてそうなればいいという割り切りがあります。守っていない1割のことは考えないのです」と、ドイツの特徴を述べました。
働き方問題に関連して、「会議」も話題になり、永井さんが「ドイツでは発言しない人は会議に呼ばない。だから、局長が1人で来ます。日本だとお付きの部下が同行しますが、ドイツでは同行した人の時間が無駄になるという考えです。その違いは大きいと思います」と指摘すると、金田さんも「メンバー制とジョブ制の違いがあり、日本の会議はメンバー制、ドイツはジョブ制が多いと思います」と同意しました。