●「世界遺産の保全を自分たちの手で」和歌山県が呼びかけ
「企業による世界遺産の環境保全活動」をテーマにしたセミナーが8日、東京都千代田区一ツ橋1の毎日新聞社1階「毎日メディアカフェ」で開かれました。「道の世界遺産」として知られる熊野古道を「自治体と民間の協働で守ろう」という和歌山県での取り組みについて、同県の山西毅治・商工観光労働部長(58)と参加企業の一つ、KDDI関西総支社の松尾恭志総支社長(59)が報告しました。
「道が世界遺産になったのは、日本では熊野古道など紀伊山地の3霊場に向かう道。海外ではスペインの巡礼路サンティアゴ・デ・コンポステーラ」と山西さんは強調します。
熊野古道は三重、奈良、和歌山の3県にまたがり、地元の市町村が参詣道を管理しています。けれども紀伊山地は雨量が多く、補修をしても雨がたくさん降ると土が流れてしまい、継続的な手入れが必要となります。そこで和歌山県は「民間の力を活用して世界遺産の保全を」と「道普請」(みちぶしん)による独自の事業を2009年に始めました。
具体的な作業について山西さんは「スタッフが土を軽トラックで近くに持ち込むので、みなさんには土のうかついで運び、傷んだ場所に(土を)まいて踏み固める作業をしてもらう」と説明します。激しい雨で作業ができなくなったときは、和歌山県世界遺産センターの職員が道普請の意義などについて講義します。
和歌山県では「10万人の参詣道環境保全活動」と銘打って事業の普及に努めており、これまでJR西日本、花王、三菱東京UFJ銀行など約100の企業、団体が参加。人数は延べ約2万7000人に達しました。
日本たばこ産業(JT)は一昨年までの3カ年計画で「石畳再生プロジェクト」を実行し、近畿だけでなく首都圏や中国、四国地方の社員らが携わりました。その後、和歌山県と共同で、江戸時代前半の築造と推定される貴重な石畳を覆った土砂や枯れ葉を取り除き、往時の姿をよみがえらせました。
補修用の土の費用は、企業、団体側が負担し、価格は1㌧1万5000円。「例えば明治安田生命は、職員のみなさんが衣類などをフリーマーケットで売り、そこで得た資金などで購入している」と山西さんは言います。
KDDIでは、昨年5月に初参加し、2回目の今年5月は各職場から約100人がボランティアで集まりました。まずは開会式で気分を盛り上げてから作業を開始。「土のうにつめるのは自分たち。それをかついで参詣道を何度も往復するが、自分の力量に合わせている」。その後はトレッキングなどを楽しみます。
「日帰りと1泊コースがあり、最初の年は双方、別々に作業をしたが、今年は社員の要望に一緒にやることになった。自然のなかで活動することがリフレッシュになったようだ」と松尾さん。同じ会社でも部署が異なると、あまり顔を合わせる機会がありません。この活動は、職場の垣根を越えて社員らが共に汗を流すため「コミュニケーションの場になる」とも。同社では独自企画として、社員のボランティア活動にポイント制を導入。たくさんポイントをためると「功労金」が贈られる仕組みで、「熊野古道の保全活動にその一部を寄付している」といいます。
セミナーには、他の会社のCSR(企業の社会的責任)担当者らが出席し、「社会貢献と社員同士の交流という利点があり、検討したい」などの声がありました。
熊野古道は、神道と仏教が融合・調和した「神仏習合」の聖地・熊野三山(和歌山県)に至る、熊野詣での道の総称。山深い熊野は、神々と仏がいる浄土と考えられ、平安時代中期から室町時代まで参拝が盛んだった。中辺路(なかへち)、小辺路(こへち)、大辺路(おおへち)、伊勢路の各ルートがある。 熊野三山と高野山(いずれも和歌山県)、吉野・大峯(おおみね)(奈良県)の三つの霊場と、それらに至る熊野古道などの参詣道、周辺の文化的景観で構成される「紀伊山地の霊場と参詣道」は2004年7月、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産に登録された。